リッポーチカランに住んでいるのは、日本人だけではなく、韓国人や中国人、たまにみかける欧米人、もちろんインドネシア人も住んでいる。
僕は、歴とした日本人なのだが、インドネシア人に、よく韓国人と間違えられる。そして、間違える彼らは、僕が日本人だとわかると、手のひらを返したようにフレンドリーになる。こういうところから親日国を感じることができる。
そんな彼らに「韓国人は好きか?」と尋ねると、「すぐ怒るから嫌いだ」的な返答がよく返ってくる。国にはカラーがあり、その国のヒトの性格にも傾向のようなものがある。インドネシア人から見ると、日本人は良いヒトで、韓国人は怒りっぽい、ということだ。
傾向は傾向で良いのだが、多くの人がそうであるように、僕もなるべくヒトは傾向では見たくはない。韓国人は皆が怒りっぽいわけではないし、あの北朝鮮にだって良い奴はたくさんいると思うし、極悪な日本人だっている。少しズレてしまうかもしれないが、命を張れるあのテロ集団も、あの執着心のエネルギーを別の方向に向けることができれば、世の中にとても良い事ができるような気がしてしまう。
話が大きくそれてしまった。決して世の中の平和について話したいわけでも、人権論を振りかざしてみたいわけでもなく、シンガラジャ通りのスーパーについて触れたかったのである。
シンガラジャ通りのアルファマートの向かいにあるこの古めかしい建物は、食料品など売っているスーパーである。
韓国製品ばかり並んでいるので、便宜上 ” 韓国スーパー ” と呼んでいる。大したものは売っていないのだが、たまに良質な魚が置いてある。僕にとっては、これがこのスーパーの唯一の取り柄、と言ってしまうと過言となる。
秋刀魚や鯖が置いてある時があるのである。焼いて食べてみたが、それはそれは、とても美味しい。あるいは、焼き魚と疎遠になっているからそう感じるのかもしれない。そのへんは、もはや、ようわからん。
シンガラジャ通りの韓国スーパーなんてと思って、これまでスルーをしていたが、そういうのはやはりよくない。
たとえハズレだとしても、そういう安易な先入観や思い込みは、あまり良いことをもたらさない。偏見は、様々な可能性を狭めてしまうものなので、自分の目を見開いて、きちんと判断したいものだ。
そんなことを思い出させてくれた ” 韓国スーパー ” 、決してオススメはできないが、魚を、魚を、焼いて食べたい時には、思い切って飛び込むと良いかもしれない ⁉︎